
昨日から今日にかけて、かなり寒くなりましたね。
これからは一雨ごとに寒くなるってことで、
そろそろ、お風呂もためて入ろうかな。
さて、今日は話題作を見てきました。
「いのちの食べかた」です。
食べ物がどのようにして作られているのか、
その過程を見せてくれる映画です。
ただ、いつも見ている場面ではなく、その前のところから。
それがこの映画のすごいところなんですよね。
どのようなものの過程が見れるかというと、
鶏肉になるまで、豚肉になるまで、牛肉になるまで、
鶏卵、牛乳、鮭、パプリカ、りんご、ひまわり、キャベツ、岩塩
そんなかんじでしょうか。
で、この映画なんだけど、音楽やナレーションが一切ないんです。
その場所の音がそのまま流れます。
ナレーションがないので、何をやっているのかわからないところも…。
でも、わかります。
何をやっているのか説明されなくても、だいたいわかります。
この映画は、「ともかく知ること」が大切なんだと思いました。
自分たちが食べているものがどのように作られているのか、
そこで人々がどのように働いているのか、
食べるとはどういうことなのか、
そして、命がいかに大切なものなのか、ということを。
そこには、命を扱うというよりは、
モノを扱っているように見える光景が広がっていました。
クイズ番組で「何を作っているのでしょうか?」といって、
工業製品ができるところを見ることはよくありますが、
それと大差ないのではないかと。
ただ、それが現実であり、
その光景はとても残酷だという人もいるのかもしれないけど、
それは大間違いで、
そのことすら知らずに、単なるモノとして日々消費している、
われわれ消費者の方がはるかに残酷なんだと思います。
そこで働いている人々に後ろめたさは見えず、
むしろ「誇らしそうだ」との感想が書いてありました。
(俺にはそこまでには見えなかったけど)
もちろん、命をモノとして扱うことの是非はあるでしょう。
命をいただかなければいけないことは確かにそうだが、
だからといって、モノとして扱う必要があるのかと。
この映画の監督は、
食品の値段がどんどん安くなっていくことが気になって、
この映画を撮ろうと思いました。
と言っているのです。
大量にしかも安価に生産するがために命をモノとして扱う。
そういった側面も認識しないといけないのではないでしょうか。
この映画の原題は「OUR DAILY BREAD(日々の糧)」ですが、
邦題が「いのちの食べかた」となっているのは、
そういうところからなのではないですかね。
もう1つ、
動物たちがモノのように扱われていたんだけど、
なんだか見たことあるような光景だなーって思ってみたり。
ひよこがロールに巻き込まれてベルトコンベアで運ばれ、
かごの中に次々に投げ入れられていく。
人々がエスカレーターに乗って運ばれ、
電車というかごの中に次々に押し込められていく。
人間も社会の中では彼ら動物たちと同じように扱われているのかなって。
最後に、ある映画ライターの感想に、
「メカフェチにはたまらない“マシン映画”でもありました」
というのがありました。
たしかにね。思わず笑っちゃいました。
興味がある方は是非ともご覧ください。
かなりおすすめしたい映画です。
「選挙」という映画を前に見た、
渋谷にある「シアター・イメージフォーラム」でやっています。
もちろん、血が流れたり、命が失われる場面が流れますので、
それに耐えられない方は見に行かないほうがいいですよ。
ただ、そうやって避けて通っていいものかどうかです。
2004年からブログを書いています。思ったことを気ままに書いていますが、旅に出るとその記事で埋まっていきます。旅行は日本国内が中心で、2022年6月に旅をした和歌山県をもって、47都道府県すべてを訪れたことになりました。好きなアーティストのライブにもちょいちょい行っています。
文系学部卒だけど理系脳なのか?という感じ。
このブログではできる限り政治に関する発言は控えようと思っていますがたまに漏れ出します。その辺のことはX(旧twitter)でがっつりつぶやいてます。
「いのちの食べ方」御馳走様は言葉だけ?
「いのちの食べ方」★★★
ニコラウス・ゲイハルター監督、92分
ドキュメンタリー作品、オーストリア、 ドイツ、2005年
鶏のまるごと冷凍になったものを見ると、
思い出す事がある、
小さいころ祖父母の家に遊びに行き、
畑の傍らの小さな小屋で
祖母が鶏を…