「裁判長のお弁当」

昨日は仕事納めという方も多かったのではないでしょうか。
今年も残り4日ですね。

そんな昨日ですが、仕事が終わってから映画館に直行。
ポレポレ東中野で2つの短編映画を見てきました。

1月に「さよならテレビ」という映画が公開されるのですが、
それを前に、東海テレビがかつて制作したドキュメンタリー映画を、
一気に上映するという「東海テレビドキュメンタリーのお歳暮」という企画です。

その中の1つ「死刑弁護人」は2012年に見に行っていて、
今回は、「裁判長のお弁当」と「検事のふろしき」という2本を見てきました。

まずは、「裁判長のお弁当」から。2007年の作品です。

裁判官に密着したもので、裁判官の大変さがよくわかるものでした。
裁判官はある程度自分で仕事の予定を立てることができると聞いていたので、
そこまで大変ではないのではないかと思っていたんだけど、
大きな裁判所では3人が1組となって合議体を形成していることが多くて、
そうなってくると、自分のペースも何もないですものね。

裁判長として、最終的に判決文を書かなければならないこともあってか、
毎日22時ころまで仕事をしていると。

他に紹介された人では、家に帰ってから1時や2時までやっていたと。大変だ。

そんな裁判官ですが、最も公平にものが見られるので良い、と言っていて、
たしかに、何かに寄ることがなく判断できる仕事というのはいいですね。

裁判官には、裁判官の独立というのがあって、
判決を出す際の判断はすべて裁判官自身に任されているわけです。

ただ、合議体は、ベテランの裁判長、中堅裁判官、若手裁判官の構成のようで、
例えば、若手裁判官が判決文の下地を作るのが慣例になっているとの紹介が。

そういった、ある程度上下の関係がある中で、
それでも、判決について話し合うときは、上下関係なく独立していると。

んー、それは本当にそうなのかな、と思ってしまいますね。
若手がビシッと意見をいえるような空気が作られているのでしょうか?

さらに、映画では、判例に背くような意見を出す判事が冷遇されていたという話に。

裁判所自体が最高裁を頂点とする組織である、という話なんですが、
そうなってくると、ますます「裁判官の独立」とは何なのかと。

裁判官に身分保障がありますが、一方で、再任拒否だってあるわけで、
そのあたりは、ほんとうに「独立」しているのからーって。

それから、冤罪についても言及がありましたが、
裁判官は「無罪かもしれない」という目で被告人を見ているわけではなく、
「検察が有罪を立証できているか」という目で裁判をしているとの話があって、
んー、それだとやっぱり、冤罪が生み出されてしまうだろうなと。

映画では、検察が証拠を隠すことで冤罪が生まれた事例が出てくるのですが、
そうやられてしまうと、有罪という判決出すのも仕方ないだろう、と裁判官が。

たしかに、裁判というのは、何が真実なのかを解明しているのではなくて、
有罪なのかどうかを決定しているに過ぎないんですよね。

裁判官自体が現場を見に行くことがかつてはあったそうですが、
今はほとんどそれもなく、裁判で出された証拠に従ってのみ判断されるわけで、
その証拠自体が誤っていれば、判決が誤ることもあるでしょう。

そうなると、問題は検察にかかってくるし、
一方の弁護士側にもしっかりしてもらわないといけないよね、って話。

もちろん、検察や弁護士側に責任転嫁していいわけではないと思います。

多くの事件を抱えている裁判官は、その迅速な処理を求められていて、
その中でも、丁寧な、慎重な審理も当然求められるわけです。

事件数が増えていく中で、裁判官の数はあまり増えていないと。
質を保ちながら量を増やすのも難しいですしね。どうしたものでしょうか。