「死刑執行」

どれだけの方がご存知だったか分かりませんが、
今日はラジオで死刑執行の模様が放送されました。

文化放送の報道スペシャル「死刑執行」です。

執行の模様が放送されたといっても、
ノーカットでその模様が流れていたわけではなく、
さまざまな人のインタビューを交えてのものでした。

目的は、来年から裁判員制度がスタートする前に、
死刑について改めて考えてもらいたいということです。

死刑制度は本当に必要なのかという話なわけだけど、
話の中心は、執行に関わった刑務官についてでした。

たしかに、それを執行する人のことを考えると、
死刑制度はどうなんだろうってことにはなりますよね。

目隠しをして、手錠をかけて、ロープを首にかけて、
床が抜けるスイッチを押して、最後には死を確認しなきゃいけない。

しかも、その役割をになう刑務官は、
死刑囚と数十年にわたって関わっていた人でもあるということで、
日々、励ましの声をかけたりして矯正に向かわせていた、
そんな人々が執行するわけだから、その思いは計り知れません。

だったら別の施設でやればいいだろう、といわれるでしょうが、
それは1つの方法なのかもしれませんね。

それでも、誰かが執行しなければいけないんだけど。

あとは、拘置所にいる間に十分反省する人も多くて、
そんな人に執行する必要はないのではないかという話も。

ただ、そうなったのも死刑制度があるから、
ずっと拘置所にいる状況になったからだということも言えるわけで、
むしろ、死刑制度の有用性を語っているともいえるわけですね。

でも、ある刑務官の意見としてこんな話が。

死刑にならずに刑務所に入り、その後出所していった人たちと、
死刑となって拘置所にいた人たちと、
彼らの間に何らかの違いがあるかといえば、そんなに差はないと思ったと。

そういわれてしまうとなんとも言えません。

でも、その分かれ目は微妙なんだけど、
その踏み入れてはいけない一歩を踏み込んでしまった、
そこが実は決定的なわけで、だからこそ死刑なのだと考えることもできます。

今回の番組を聞いていろいろと考えさせられることはあったけど、
それでもやっぱり他人事なのかなーと。

求刑する検事も、判決を出す裁判官も、執行する刑務官も、
その瞬間だけでなく、その後もずっとそのことを抱え生きているわけで、
その瞬間だけ死刑のことを考えるわれわれとは違うわけですよ。

街頭インタビューの模様では、
裁判員となって死刑判決を出せるという人が多かったんだけど、
それも他人事だから、その後の関わりあいがないと思っているからで、
死刑制度についても議論は必要ですが、
そんな無責任な裁判員制度の方がどうなのかな?と思いますね。