逝去者記念聖餐式

6月になりました。なんだか外は風が強いですね。

火星が接近しているようで、風は強いけど空には雲がなくて、
なので、その火星がきれいに見えました。赤い星ね。

そんな今日はあちこち移動する慌ただしい1日でした。

朝にとりあえず職場に行って仕事をして、
途中、ちょっと抜けて教会へ参拝に行ってきたのでした。

逝去者記念聖餐式というのに出てきたんだけど、
教会では、毎月、その月に亡くなった人を偲ぶための式を行っていて、
仏教でいうところの「1周忌」みたいなものですね。

葬儀の時のように、司祭(牧師さん)とともに聖書の一節を読んだり、
賛美歌を歌ったりという感じだったんだけど、
聖餐式ということで、宗教的な儀式も執り行われていました。

聖餐式は、パンとぶどう酒をいただく儀式なんだけど、
最後の晩餐で、イエス・キリストが弟子たちにパンとぶどう酒を与えて、
「パンは私のからだであり、杯は私の血による契約である」と言ったと、
そういったことに由来するものなんだそうです。

基本的には、その聖餐の儀式は、
きちんと洗礼や堅信を受けた人だけが参加するものということで、
自分はパンやぶどう酒はいただかなかったわけですが、
牧師さんから言葉はかけてもらえるのでした。

聖餐式は月に1回程度行われているものということで、
教会に通われている人たちにとっては当たり前な儀式なんでしょうけど、
そうではない人間にとっては、なかなか見ることができないものなので、
なるほど、そういうことをするんだなーって。

それぞれ宗教によって、いろいろな儀式を行っているわけで、
その意味を考えてみるとなかなかおもしろいんでしょうね。

お葬式なんかでは、仏教式のものにはある程度慣れているけど、
でも逆に、その行為の意味は考えずにやっているところがありますよね。

それは、正式な仏教徒ではないからというのもあるんだろうけど、
なんか、慣習というか、そういうものだってことになっていて、
例えば、焼香の意味とか、なんで3回なのかとか、数珠の意味とか、
ちゃんと学べば、納得できる理由があるんでしょうね。

ということで、いろいろ想う1日でした。